55+(55歳からの北欧ライフスタイル)
第12回 ピア・アムセルさん(57歳)「50歳を過ぎて陶芸の世界へ」
日本では「アクティブシニア」と言われますが、スウェーデンには「55+(フェムティオフェムプルス)」という言葉があります。
これは、55歳からの熟年世代、65歳で定年になる10年前から老後の人生設計を始めようという考え方です。
子育ても一段落して、自分の時間が持てるようになる「55プラス」世代。
そんな心身ともに充実した方のライフスタイルを、北欧スウェーデンから日本へお届けします。
Written by ブルセリド山本 由香/Photo by Peter Bruselid
悲しみの先に見つけた「私らしい生き方」
今回ご紹介するのは、スウェーデンで陶芸家として活動するピア・アムセルさんです。ストックホルムのセーデルマルムに暮らす彼女は、自宅から徒歩圏内にコロニーロット(市民農園)を持っており、花やハーブを育てながら、季節のよい時期には多くの時間をそこで過ごしています。都会の中にありながら、自然と寄り添うその場所は、いかにもピアさんらしい空間です。今回のインタビューも、主にそのコロニーロットで行いました。
ピアさんの人生は、決して順風満帆だったわけではありません。大きな転機となったのは、50歳の時に最愛の夫を亡くしたことでした。ある日、一緒にランチをしていた時、「夫ががんになってしまったの」と、彼女が静かに打ち明けてくれたことを今でも覚えています。私は返す言葉が見つかりませんでした。そして、その半年ほど後に訃報を聞くことになります。ご主人はまだ53歳でした。けれども、ピアさんはその深い悲しみに飲み込まれるのではなく、それを人生を見つめ直すきっかけにしました。そして、自分が本当にやりたいことへと舵を切ったのです。
ピアさんと私との付き合いは10年以上になります。初めてピアさんと出会ったのは2014年。日本向けの北欧パターン事業を立ち上げようと、スウェーデンのデザイナーを探していた時のことでした。当時のピアさんは、「アムセル・ベルリン」というデザインスタジオで活動するプロダクトデザイナー。自然の造形や美しさをインスピレーション源に、日々の暮らしをより心地よくする製品デザインを数多く手がけていました。イケアで販売されて人気を博したフラワーベースのシリーズ「Blomster」も代表的な作品のひとつです。私たちの北欧パターン事業にもデザインを提供してもらい、その抽象的でタイムレスな柄は、ショールやベッドカバー、エプロンなど、さまざまな商品として形になりました。また、東京のスウェーデン大使館で開催したイベントや、富士吉田市のテキスタイルイベントにも一緒に参加し、何度か日本を訪れたこともあります。さらに、一時期は彼女たちが運営するシェアオフィスに私も加わり、数人のデザイナーたちと同じ空間で仕事をしていました。仕事を通じてだけでなく、日々の暮らしの中でも交流を重ねてきたからこそ、私は10年以上にわたってピアさんの人生を身近で見続けてきたのです。
(写真上)ピアさんがデザインし、イケアで販売されたフラワーベースのシリーズ「Blomster」 Phoro: Kjell B Persson
そんな彼女が人生の大きな転機を迎えたのは、50歳を過ぎてからでした。最愛の夫を亡くした悲しみを抱えながら、「何かを変えたい」と思ったピアさんは、新しい人生の方向を探し始めます。
そしてストックホルムを離れ、ダーラナ地方レクサンドにあるフォルクヘーグスコーラン(Folkhögskolan)の2年間の陶芸コースへ進むことを決意しました。ダーラナは、彼女が生まれ育ち、ご主人と出会った思い出の土地。その場所に戻り、それまでのプロダクトデザインとはまったく異なる陶芸の世界へ飛び込んだのです。2年間の学びを終えてストックホルムへ戻ると、さらにスウェーデン国立美術工芸大学コンストファック大学院のクラフト修士課程へ進学。私も卒業制作展を訪れましたが、そこにはピアさんらしい、生命力あふれる有機的なフォルムの作品が並んでいました。修士課程修了後には奨学金を得て、ロンドンの名門ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで3か月間のアーティスト・イン・レジデンスに参加。世界屈指の芸術大学には60〜70人ほどが世界中から集まり、年齢もさまざまでした。ピアさんより年上の参加者も多く、最年長はニューヨークから来た75歳の女性アーティストだったそうです。
こうした経験を経てストックホルムへ戻ったピアさんは、現在は陶芸家として活動しています。「陶芸では、私はろくろをまったく使わないの。手で有機的な形を表現したいから」そう語る彼女の作品には、自然や生きものへの深い愛情と力強さが宿っています。「人と自然、動物を陶芸で
つなげたい。有機的なフォルムを通して、人と自然とのつながりを思い起こし、すべての生命を大切に思う気持ちを呼び起こしたい。私たちは自然とは別の存在ではなく、その一部なのだということを思い出させる作品を作りたい。」
将来の夢を尋ねると、「いつか公共空間のためのアートを手がけてみたい」と話してくれました。「それが目標?」と聞くと、彼女は少し考えてこう答えました。「それもあるけれど、いちばんの目標は楽しむこと」「だったら、もう実現しているじゃない」私がそう言うと、彼女は笑って、「そうかもしれないね」と答えました。プロダクトデザイナーは、クライアントが求めるものを作ることが仕事です。「もちろん、それもやりがいがあります。でも今は、自分が本当に作りたいものを作りたい」。
ピアさんの挑戦は、まだまだ続きます。来春には、中国の「磁器の都」として知られる景徳鎮のアーティスト・イン・レジデンスに3か月滞在し、中国陶磁器を学ぶ予定です。「できれば隔年で海外に出て、その土地の陶芸を学びたい」と話す彼女は、その次は日本の陶磁器の街を訪れてみたいと言います。
一方で、彼女には大切に守り続けている場所があります。今回のインタビューを行ったコロニーロットです。ここは、元ガーデナーだったご主人が設計し、植物を育て、ふたりで力を合わせて美しい庭をつくり上げてきた場所。ご主人が亡くなった今も、その思いを受け継ぐように、ピアさんは季節ごとの花や緑に囲まれながら、ここでの時間を大切にしています。花と緑に囲まれたコロニーロットで彼女と語り合っていると、人生は思いもよらない方向へ進むものだと実感しました。悲しみから始まった物語は、やがて陶芸と自然、そして尽きることのない好奇心に支えられた、新しい創造の人生へと育っていったのです。
過去を慈しみながら、新しい世界へ踏み出していく。50歳を過ぎてから新たな道を歩み始め、学び続け、自分らしい表現を追い求める。そして何より、その過程そのものを楽しむ。そんなピアさんの姿は、人生に年齢の区切りはなく、これまでの経験が新たな花を咲かせる力になることを教えてくれます。55プラスは、自分らしい人生をもう一度花開かせる、新たなスタートラインなのかもしれません。







